認知症は治せるか~認知症治療の羅針盤21~Strategic single infarct dementia(尾状核)前頭葉症状を前景とした尾状核梗塞による認知機能障害の症例
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CASE
現病歴
70歳代後半、右利きの女性。生来穏やかな性格であったが、受診10日前に法要で外出した際に、目的地がわからなくなり、駅員とトラブルになることがあった。その日を境に、水道や火の止め忘れなどのもの忘れが目立つようになり、7年前に亡くなった夫が家に帰ってこないという訴えもみられるようになった。飲食店を営んでいるが、休日に店を開けようとしたり、メニューを取り間違えたりするなどの問題が続くため、家族に付き添われて受診した。人が変わってしまったようにやる気や意欲がなくなり、趣味の絵画教室にも通わなくなってしまったという。
家族歴・既往歴
特記すべきことなし。
初診時現症
発症から10日後の初診時、血圧は162/78 mmHgと高値であった。頸部・腹部の血管雑音や脈拍の不整は確認できなかった。礼節は保たれており、運動や感覚に異常所見を認めず、歩行障害もみられなかった。
MMSE:22/30点(時間の見当識-4点、計算-3点)。遅延再生は3単語中2単語を回答できた。FAB:7/18点(把握運動を除く全項目で失点)。やる気スコア:16/42点と低値であり、無為が疑われた。

本症例は、運動・感覚障害を伴わずに、急性発症の認知機能低下のみを認めた症例である。MMSEでは記憶障害よりも見当識障害や全般性注意障害による失点が目立ち、さらにFABの運動系列やGo/No-Go課題などで失点を認めた。病歴や診察場面では無為が目立ち、一方で基本的な言語機能や視空間認知機能は概ね保たれていたことから、本症例では特に前頭葉機能が障害されていると考えた。
急性発症であるためAlzheimer病などの緩徐進行性の変性疾患による認知症は考えにくく、脳卒中やてんかん、代謝性疾患などの急性疾患を疑い、血液検査と画像検査を緊急で行った。
検査
血液検査では血算・生化学(血糖値、ビタミンB₁・B₁₂、甲状腺機能、各種自己抗体などを含む)に異常は認めなかったが、凝固系のうちDダイマーが軽度高値であった。画像検査では、拡散強調画像で右尾状核外側に高信号変化を認め、MRAでは右中大脳動脈などの主幹動脈にびまん性の血管壁不整を認めた。脳血流シンチグラフィー(¹²³I-IMP)では右基底核と右前頭葉の血流低下を認めた(図1)。
追加で行った高次脳機能検査では、RBMT(Rivermead Behavioural Memory Test)で標準プロフィール点が11/24点と年齢別カットオフ値を下回り、特に「物語再生」や「展望記憶課題」での失点が目立った。CAT-R(Clinical Assessment for Attention-Revised)ではほぼすべての項目で同年代のカットオフ値を下回っており、「Memory updating」では3スパンで正答率0%であった。持続性注意は比較的保たれていたが、転換性注意の障害が疑われた。また、BADS(Behavioural Assessment of the Dysexecutive Syndrome)の「動物園地図」では遵守すべき規則を把握できず、遂行が困難であった。
診断

無為のため、入院当初は何もせずに病室内で過ごすことが多かったが、家事動作訓練などのリハビリテーションを行う中で発動性は徐々に改善していった。意欲低下は残存していたが、経過とともに少しずつ改善がみられ、家事も一通り可能となったため、発症20日後に自宅退院となった。
Discussion
本症例のまとめ
脳MRIで右尾状核を中心とした梗塞巣、MRAで主幹動脈に血管壁不整を認め、入院中の心電図モニターや24時間Holter心電図・心臓超音波検査では明らかな異常がみられなかったことから、アテローム血栓性機序による右尾状核梗塞と診断した。病歴や高次脳機能検査の結果から、本症例の中核症状は、尾状核の障害に起因した無為や全般性注意障害・遂行機能障害であると考えた。
血管性認知症の分類
脳血管障害が原因となる認知症は血管性認知症として知られており、多発梗塞性(multi-infarct dementia)、戦略的な部位の単一病変による認知症(strategic single infarct dementia)、小血管性(small vessel disease with dementia)、低灌流性、出血性、その他の6つに大きく分類されている。本症例は、脳画像検査の結果から、尾状核単独の脳梗塞により認知機能低下を示したstrategic single infarct dementiaと考えられる。

大脳基底核は、運動野・感覚野以外にも前頭連合野と豊富な線維連絡を有しているが、運動機能以外に関連する神経基盤として、Cummingsらは大脳基底核や視床を含む3つの神経回路の重要性を報告している。3つの神経回路の神経線維は、同じ中継路である大脳基底核・視床を通りながらそれぞれ独立して並走する閉鎖回路を形成しており、各回路の損傷により異なる症候が生じるとされている。
● 前頭葉機能障害と関連する神経回路



■ 尾状核脳卒中31例における症候の頻度

■ 損傷部位による行動異常の違い

尾状核の血管支配
尾状核頭部は前大脳動脈の分枝であるHeubner反回動脈と中大脳動脈の分枝であるレンズ核線条体動脈(lenticulostriate artery: LSA)から灌流を受けている。Heubner反回動脈は尾状核頭部の前半・被殻の前1/3・淡蒼球前内側部・内包膝部/前脚の前下方・視床前角などの主に基底核の前腹側を灌流する。LSAはmedial・intermediate・lateralの3群に分岐し、尾状核頭部はmedial、尾状核やや外側後方から被殻前方はintermediate、さらに被殻後方はlateralが灌流している。本症例は尾状核頭部の背外側を中心に梗塞巣を認めていることから、LSAのintermediateが責任血管であると考えられる。







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