認知症は治せるか~認知症治療の羅針盤20~TGAとの鑑別が重要な脳弓梗塞による健忘症候群の症例
- 15 時間前
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CASE
現病歴
60歳代前半の右利き男性。いつも通り仕事(電気工事設計事務所)に行き、夕方に退社したが、その後の足取りがつかめなくなった。翌朝5時に帰宅し、落ち着きがなく食事を40分くらいかけて食べていた。家人が「どこに行っていたか?」と質問したが、「自分は何をしていたかわからない」と答えた。所定の駐車場に車がないため、近所を探すと車があり、ぶつけた後があったが、「知らない、駐車場の場所もわからない」と言い、落ち着きのない様子が続いたため、家人が心配し、当院を受診した。初療医の判断で入院となった。
家族歴・既往歴
高血圧・糖尿病のため、アムロジピン2.5 mg、グリメピリド2 mgを内服中(HbA1c 6.8%)。4年前に心筋梗塞で、心血管ステントを留置して以降、アスピリン100 mgとクロピドグレル75 mgを内服していた。てんかんの既往はない。家族歴に特記事項はない。
初診時現症
入院当日夜の会話:「昨日は何をしていましたか?」に対し、「昨日ですか、どうしてたんですかね。今日は昼食もまだ食べてないです。ここに何で来たか、検査をしたのか、全然覚えてないんです」と、入院までの経過に加え、昼食を食べたこと・検査したことなど入院後の経過も思い出せない状態だった。
自分自身の名前や家人の顔・名前は認識しているが、長男が結婚していること、現在は一緒に住んでいないことなど、ここ1〜2年の出来事も思い出せない。息子が記念の写真を見せると、その時のことは思い出し話ができた。
入院翌日には、妻の名前が言えなくなり、新婚旅行先をマレーシアと答えた(実際にはハワイ)。同居している子供は2人(実際には1人)と言い、母親が亡くなったことも覚えていなかった。発症から24時間経過しても、記憶障害の改善はなく、かえって増悪している印象であった。
第3病日のMMSE:時間に関する見当識で2点減点、場所に関する見当識で2点減点、シリアル7で3点減点し、22/30点。
FAB(Frontal Assessment Battery):検査1は1点、検査2は2点、検査3は1点、検査4は0点、検査5は0点、検査6は3点で、7/18点。

突然発症の前向性健忘と数十年の逆向性健忘を認めたため、一過性全健忘(transient global amnesia:TGA)が疑われたが、2日経過しても軽快するどころかかえって増悪した。TGAでは24時間以内に症状が回復するため、他の急性の健忘症候群をきたす疾患の鑑別が必要である。
検査
WMS-R(簡易版)を実施したところ、視覚性対連合5/18、言語性対連合11/24、視覚性再生18/41、数唱16/24、視覚性記憶範囲20/26、記憶指数50、言語性記憶62、視覚性記憶50未満と、言語性記憶に比し視覚性記憶の方が低下していた。
■ WMS-R(簡易版)結果

第3病日に施行した頭部MRI拡散強調画像で脳弓および左視床前部、左後頭葉内側面に高信号病変を認めた。脳波では、てんかんを示唆する所見はみられなかった。
診断
脳弓および左視床前部梗塞による健忘症候群
その後の経過
脳梗塞と診断し、アトルバスタチン5 mgの内服を開始した。入院後10日を過ぎる頃には、病室の番号を覚えることができた。第20病日、訪問看護師である妻の協力もあり、自宅に退院した。退院後は自宅内に貼り紙をし、その都度確認するようにして日常生活を送っている。
Discussion
本症例のまとめ
健忘が突然発症し、遷延するため頭部MRIを施行し、脳弓および左視床前部に新規の梗塞巣を認めた症例である。強い前向性健忘と逆向性健忘が認められる一方、身体的症状が認められないためTGAの様相を呈した。
TGAとその鑑別疾患
TGAは典型的には50〜70歳代の中高年にみられる急性の健忘で、障害される認知領域が記憶に限局し、発症中は自分がどうしてそこにいるのか、今日何をしていたのかという質問を繰り返す。24時間以内に回復するのが特徴であるが、発作中の記憶はない。頭痛、嘔気、ふらつきなどの症状を伴う場合があるが、これらはTGAを否定する所見ではない。
■ TGAの診断を支持する所見と支持しない所見

脳弓梗塞による健忘
脳弓梗塞による健忘は、典型的には高度の前向性健忘と軽度の逆向性健忘が特徴で、重度のエピソード記憶障害を呈し、発症当初はTGAと診断されることが多い。しかし、TGAは24時間以内に速やかに改善するのに対し、脳弓梗塞による健忘は発症後24時間経過しても改善しない。

脳梁下動脈閉塞の特徴:同血管の閉塞では脳弓のほかに脳梁膝部・中隔核・前部帯状回に梗塞が及ぶことがあり、これらの複合病巣による健忘は脳梁下動脈性健忘(subcallosal artery amnesia)とも呼ばれる。片側脳弓の梗塞では健忘症状が短時間に消失したという報告もあるが、両側脳弓梗塞や他の領域の梗塞を合併する場合は健忘が長期間持続することが多い。
本症例は左視床前部の梗塞も合併しており、健忘症状が遷延したのは、脳弓病変に加え視床前部の病変が関与している可能性がある(視床性健忘については前回Case 21参照)。
TIPS
24時間以上持続する急性発症の健忘はTGAの診断を支持しない。
急性発症の健忘症候群としてTGAの他に血管障害を鑑別する必要がある。





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