認知症は治せるか~認知症治療の羅針盤19~trategic single infarct dementia(視床)単一梗塞による血管性認知症の典型例から学ぶ視床の機能解剖と認知機能障害
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CASE
現病歴
初診時に80歳代前半の右利きの女性。後述の入院までは自立した生活を送っていた。2カ月前に入院し、経カテーテル大動脈弁留置術による大動脈弁狭窄症の治療を受けたが、術直後から高度徐脈が出現したため、その翌日にペースメーカー埋め込み術が施行された。1カ月半前に退院したが、近くに住んでいる姪が訪れたところ、言葉が出にくくなり、聞いたことや話したことをすぐに忘れてしまうことに気づき、また内服薬の管理が難しくなっていたため、姪に付き添われて受診した。
家族歴・既往歴
家族歴には特記すべき事項はない。75歳時に狭心症を発症し、冠動脈ステントが留置された。同時期に大動脈弁狭窄症と診断された。
初診時現症
意識は清明であり、頭痛や髄膜刺激徴候は認められなかった。神経学的診察では明らかな異常が認められなかった。診察中礼節は保たれ、穏やかで協力的だった。
診察室での会話では時折喚語困難が認められたが、発話自体は流暢であり、速度や文の長さも正常であった。日常物品の呼称では、喚語困難のみならず「眼鏡」を「目薬」と誤るなどの語性錯語が認められた。聴覚的理解に関しては、単語や短文では正常であったが、長文になると困難になることがあった。復唱と読字・読解は良好であったが、書字では漢字の想起困難が認められた。
Mini-Mental State Examination(MMSE)では、見当識(9/10点)と3単語の即時再生(2/3点)、計算(2/5点)、3単語の遅延再生(0/3点)、3段階命令(2/3点)で失点が認められ、総得点は21/30点であった。日常物品の呼称検査では10つのうち5つで呼称ができなかった。音韻性語列挙検査(語頭音は「か」を使用)では3語/分、カテゴリー性語列挙検査(カテゴリーは動物を使用)では5語/分と語想起能力の低下が認められた。
■ MMSEスコア内訳

本症例では認知機能の低下が疑われる入院前のエピソードが聴取されなかったため、経カテーテル大動脈弁留置術もしくはペースメーカー植え込み術の後に認知機能が低下した可能性が高いと思われた。カテーテル操作などによる動脈壁のアテロームプラークの飛散による塞栓性脳梗塞を発症した可能性があるため、頭部CT検査を施行した。
また、可能性は低いものの膠原病に関連した脳血管障害、脳炎、代謝性脳症、非けいれん性てんかん重積との鑑別が必要であるため、血液検査・髄液検査・脳波検査を施行した。さらに、記憶障害の重症度を詳細に評価するため、日本語版 Wechsler Memory Scale-Revise(WMS-R)を施行した。
検査
血液検査(血糖、ビタミンB₁とB₁₂、葉酸、アンモニア、肝・腎・甲状腺機能、梅毒、膠原病関連を含む)と髄液検査では異常所見が認められず、脳波においてもてんかん型放電や基礎律動の異常、間欠的律動性もしくは持続性高振幅性の全般性デルタ活動・三相波は認められなかった。その一方、頭部CT検査では左視床前部に脳梗塞と思われる低吸収域が認められた。
Thin slice CT画像にて詳細に評価したところ、乳頭体視床路・内髄板・前腹側核・外腹側核・背内側核に低吸収域が認められた。WMS-Rでは言語性優位に著明な記憶指標の成績低下が認められた。
■WMS-R の結果

診断
左視床前部の脳梗塞(左視床灰白隆起動脈の塞栓症)
その後の経過
入院期間中に患者と面会した妹から後日情報を得ることができた。その結果、術後の面会時には言葉の出にくさとものの忘れを呈していたことが判明し、入院期間中に脳梗塞を発症していた可能性が高くなった。初診後、喚語困難と語性錯語は徐々に軽減したが、記憶障害はその後も続いた。
患者本人の希望で一人暮らしを続けていたが、服薬と食品の管理が難しい状況であったため、介護保険による訪問介護サービスを導入し、姪の協力も仰ぎながら服薬状況や屋内環境のチェックを行うようにした。その結果、服薬状況は改善し、生活衛生の保全が可能となった。
初診1年後には喚語困難と語性錯語が消失していたが、記憶障害は変わらず残存していた。MMSEでも3単語の即時再生・3段階命令での失点がなくなり、総得点が24/30点にまで改善していたが、見当識(9/10点)と計算(3/5点)、3単語の遅延再生(0/3点)では失点が認められた。
Discussion
本症例のまとめ
本症例では、左視床灰白隆起動脈(極動脈)の灌流領域と思われる左視床前部の脳梗塞により、喚語困難、語性錯語、長文における聴覚的理解の障害、言語性優位の記憶障害、漢字の想起困難を呈したものと考えられた。経カテーテル大動脈弁留置術の際のカテーテル操作により動脈壁のアテロームプラークが飛散し、左視床灰白隆起動脈の塞栓症を引き起こした可能性が高い。
Strategic single infarct dementiaについて
Strategic single infarct dementia(戦略的な部位の単一病変による血管性認知症)という用語は、高次脳機能に関与する重要部位の小病変により生じた認知症を表したものである。視床は様々な大脳皮質へ投射する線維の中継地点であるため、strategic single infarct dementiaを引き起こす代表な損傷部位の1つである。特に、前部と傍正中部は高次脳機能障害が出現する責任病巣として重要視されている。
視床前部・傍正中部の損傷による症状
視床灰白隆起動脈(極動脈)の灌流障害
前腹側核・外腹側核・背内側核の前方部の損傷が認められる。
→ 喚語困難・語性錯語・言語性優位の記憶障害・漢字想起困難を呈することが多い。
視床穿通動脈(傍正中中視床動脈)の灌流障害
外腹側核・内腹側核・背内側核・中脳傍正中部の損傷が認められる。
→ アパシーや遂行機能障害を呈したという報告が多く認められる。
左視床前部の損傷に認められる言語障害は本症例のように喚語や語想起の障害が多く、語義の理解や書字が障害されることもある。前頭・側頭皮質と視床を連絡している前・下視床脚に含まれる神経線維束の一部は視床前腹側核を貫いており、内髄板にも下視床脚からの神経線維束が走行している。
視床前部の損傷により側頭皮質への連絡が断たれると、言語情報と関連の強い意味記憶へのアクセスが障害され、喚語や語想起・語義理解・書字の障害を引き起こす。その一方、視床前部の損傷により前頭皮質への連絡が断たれた場合は、アパシーや遂行機能障害を引き起こす(大脳皮質–基底核–視床回路の障害)。







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