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在宅医療における認知症について69~「抗うつ薬に依存性はない」という言葉をどう受け止めるか

  • 執筆者の写真: 賢一 内田
    賢一 内田
  • 1 日前
  • 読了時間: 5分

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— 中止後症状と“依存性なし”のギャップ —

前回の記事で触れたように、抗うつ薬、とくにSSRI・SNRIには**中止後症状(discontinuation symptoms)**が高頻度にみられます。しかし、この「中止後症状」という概念は、現場の一般臨床医には十分知られていない可能性があります。

抗うつ薬の効果(抑うつ改善・疼痛軽減)だけでなく、

  • 中止後症状がどの程度起こりうるのか

  • どんな症状が出るのか

といった情報まできちんと書いてある製薬会社パンフレットがあるなら、それは非常に有用でしょう。しかし実際には、そこまで踏み込んで書かれているパンフレットはほとんどありません。

1. 「離脱症状」と言ってはいけない?精神薬理学の立場

一度飲み始めるとなかなかやめにくい薬、と聞くと、どうしても「薬物中毒」「禁断症状」をイメージしがちです。

ベンゾジアゼピン受容体作動薬については、

  • 承認用量の範囲内であっても

  • 長期服用により身体依存が形成される

  • 減量・中止で離脱症状が出る

という点について、PMDAが強い警告を出しています。

それなのに、なぜ抗うつ薬には“離脱症状”という言葉が使われないのか。

精神薬理学の世界では、

「抗うつ薬中止後症状は“離脱症状”ではない」と定義されています。

理由はシンプルで、「離脱症状」という用語が“依存症”を強くほのめかすからです。

  • 抗うつ薬には、ベンゾジアゼピンのような意味での「依存症」はほとんど見られない

  • だから「離脱症状」と呼ぶのは不適切

  • なので、“中止後症状(discontinuation symptoms)”という別の言葉を使う

これが学術的な整理です。

2. 「依存」と「中止後症状」はどう違うのか

依存性薬物(例:ベンゾジアゼピン受容体作動薬)の場合、典型的には:

  • 薬を飲みたいという強い欲求(渇望)

  • 薬を得るための薬物探索行動

    • 医療機関をはしごして同じ薬を処方してもらう

    • 医師が処方しないと激昂して詰め寄る

    • 「落とした」「盗まれた」など虚偽の申告で薬を得ようとする

  • 薬を飲むことが生活の中心となり、服用量やタイミングを自分でコントロールできない

転倒・骨折・記憶障害などの有害事象があっても、**「悪いとわかっていてもやめられない」**のが典型的な依存症です。

一方、抗うつ薬ではこうした行動パターンはほとんど報告されていません。

  • 「薬をやめたいが、中止後症状がつらくてやめられない」というケースは多いものの、

  • 「抗うつ薬を渇望して複数の医療機関を回る」

  • 「暴力的に要求する」

といった明らかな薬物依存の像はほぼ見られない、とされています。

このため学術的には、

抗うつ薬は依存性薬物とは性質が異なり、その中止後の不快な症状は「離脱症状(withdrawal)」ではなく「中止後症状(discontinuation)」と呼ぶという整理に意味がある、というわけです。

3. ただし患者さん目線ではどう見えるか?

問題は、この区別が患者さんにとって意味があるかどうかです。

「ベンゾジアゼピンは依存性があり、一度飲み始めるとやめにくい。一方、抗うつ薬には依存性がないので、抗うつ薬依存症にはならない」

この説明は、学術的には正しいと言えます。

しかし患者さんからすると:

「でも、抗うつ薬も一度飲み始めたらやめにくいんですよね?」

という、ごくまっとうな疑問が出てきます。

ここで

「中止後症状は離脱症状とは異なる病態なので、ご指摘は当たりません」と専門用語で返したところで、患者さんから見れば**“言葉のすり替え”**にしか見えないでしょう。

実際、WHOもこの点を問題視しており、“中止後症状”という用語が、抗うつ薬の有害事象の理解や適切な情報共有を妨げていると批判しています。

4. 製薬会社の「依存性はない」という主張とその限界

製薬会社は一貫して、

「抗うつ薬に依存性はない」と主張します。

依存症を専門とする立場から見れば、これは学術的にも法的にも正しい主張です。

  • 添付文書にも「依存性なし」と記載

  • 「離脱症状がある」とは書かれていない

  • したがってパンフレットで依存性に触れなくても法的問題はない

極端な話、

「他の薬と異なり依存性のない薬です」と、痛み止めとして抗うつ薬を紹介しても、優良誤認として規制されることはまずないのが現状です。

しかし臨床現場から見ると、

  • 中止後症状は実際に高頻度で起こりうる

  • 中止後症状がうつ病再発や別の身体疾患と誤認され、不必要な検査や処方につながる

  • 患者にとっては「やめにくさ」という点で依存性薬物と似た体験になりうる

という意味で、「依存性はない」という一文だけでは実態を到底説明しきれていません。

5. 医師として気をつけたいポイント

  1. 「依存性がない」というフレーズは、患者にとって「やめやすい」とは限らない

  2. 抗うつ薬は、依存症薬物とは異なるが、中止後症状という意味では“やめにくい薬”である

  3. 「依存性なし」という製薬会社の主張は法的には正しいが、臨床的には不十分な説明になりうる

  4. 抗うつ薬を処方する際は、

    • 効果

    • 副作用

    • 中止後症状のリスクをあらかじめ説明し、患者と一緒に開始・中止の計画を立てることが重要

  5. 製薬会社パンフレットは**「教科書」ではなく“自社製品の販促資料”**であることを常に意識する

「依存性はないから安心」という言葉に、自分自身が印象操作されないことが、医師に求められています。

■ 参考リンク

● さくら在宅クリニック(在宅医療・緩和ケア)👉 https://www.shounan-zaitaku.com/

● 精神科医・袋井先生のYouTubeチャンネル👉 https://www.youtube.com/@fukuroi1971



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