認知症は治せるか~認知症治療の羅針盤49~HIV 脳症(HIV 関連神経認知障害)
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症例提示(CASE)
現病歴
患者背景
40歳代男性。飲食店勤務。受診4カ月前より特に誘因なく、だるい・やる気が出ない・集中力が続かない症状を自覚し欠勤が増加。前医でうつ病と診断され、SSRI(エスシタロプラム 20 mg)を処方されたが改善なく当院へ転医。
初診時現症
意識清明。発話流暢、失語・構音障害・四肢麻痺・失調・パーキンソニズムなし。礼節・整容は保たれていた。自覚的集中力低下・倦怠感を訴えた一方、自覚的気分の落ち込み・睡眠障害・食欲低下はなく、趣味活動への意欲も保持。返答に非常に時間を要したが、本人は意に介さない様子。
認知機能スクリーニング

MMSEおよびHDS-Rの結果より、認知機能低下に伴う症状と判断。自覚的な気分の落ち込みが目立たず、意欲低下も仕事に限定的であったため、うつ病の診断基準を満たさなかった。
認知機能低下は記憶よりも反応速度・全般性注意・遂行機能に目立ち、若年であることから、Reversible dementia(治療可能な認知症)や皮質下性認知症を含む認知症性疾患を鑑別すべく、血液検査・画像検査・認知機能検査を実施する方針とした。
検査所見
血液・髄液検査
血液検査で梅毒TP抗体陽性 → 神経梅毒・HIV感染症が鑑別疾患として浮上。

頭部MRI(FLAIR像)

診断時(入院)
HIV脳症(HIV-associated dementia)/ AIDS と診断。HAART(highly active antiretroviral therapy)開始。同性愛者であることが判明。HIV/AIDSの告知に対する反応は比較的落ち着いていた。
入院1カ月後
免疫再構築症候群により播種性MAC症を発症 → 抗菌薬加療で改善。血中HIV-RNA定量は激減。
入院3カ月頃
全身状態改善、治療反応良好で退院を検討。しかし退院前検査でHIV-RNA 7.4×10⁴コピー/mL と再上昇。調査により薬をトイレに流していたことが判明(服薬アドヒアランス不良)。「薬が大きくて飲みづらい」と行動を省みる様子なし。
対策・退院
食事に関わらず内服できる薬剤に変更し、医療者の前で内服させる方針に変更 → 感染コントロール良好。退院後:週2回認知リハビリ+週1回外来通院+週3回訪問看護を導入。
初診後7年
HIV感染コントロール良好。継続就労支援(B型)への通所も継続できている。
認知機能検査結果(初診時 vs 1年後)
検査 | 初診時 | 1年後 | 評価 |
髄液HIV-RNA | 4.7×10³ コピー/mL | 検出せず | 改善 |
CD4陽性細胞数 | 59.8/μL | 167/μL | 低値だが改善 |
WAIS-III(FIQ) | 58 | 71 | IQ大幅改善 |
Rey-Osterrieth 遅延再生 | 1/36 | 21/36 | 視覚記憶大幅改善 |
Stroop Test(III) | 43秒 | 22秒 | 注意機能改善 |
Rivermead Behavioral Memory | 15/24点 | 10/24点 | 生活記憶改善不十分・就労困難 |
Wisconsin Card Sorting (CA) | 0 | 0 | セットシフト改善せず |
Discussion:HAND と HAD の概念整理
歴史的変遷
1986年:AIDS患者70例の剖検で46例が進行性認知症。記銘力障害・注意障害・思考緩慢・運動障害が特徴 →「AIDS dementia complex」と命名。
1991年:HIV本体を含む多核性巨大ミクログリアが白質組織から同定 → HIV直接障害が病因と示唆。「HIV associated cognitive/motor complex」へ改称。
HAART普及後:致死的疾患でなくなり、神経病理学的検討機会が激減。免疫細胞を介した間接障害や、加齢・喫煙・動脈硬化・Alzheimer病理など他因子の影響も考慮が必要に。
現在の分類(HAND基準)
5領域以上(注意・情報処理、言語、抽象化・遂行機能、複雑な知覚運動、学習・記憶、単純な運動・知覚能力)を包括的に評価し、2領域以上で分類:
ANIAsymptomatic Neurocognitive Impairment:2領域以上で−1SD低下、日常生活支障なし
MNDMild Neurocognitive Disorder:2領域以上で−1SD低下、日常生活に軽度支障あり
HADHIV-Associated Dementia:2領域以上で−2SD以上の低下
本症例は現在の推奨に従えばHAND内のHADに相当。
MRI所見の特徴と鑑別
HIV脳症・HAND/HADのMRI所見は非特異的だが、T2強調像でびまん性かつ左右対称性の高信号域が深部白質にみられ、mass effectや異常造影効果に乏しい。進行性多巣性白質脳症(PML)は、片側性もしくは非対称性の白質病変が主で前頭葉・後頭葉の皮質下白質から深部白質へ進展し、活動期には拡散強調像でリング状高信号域が特徴。
治療
確立した特異的治療はなく、HAARTによる原疾患の加療が基本。急性期はHIVによる神経細胞障害の要素が強く、髄液HIV-RNAのモタリング推奨。感染コントロールが良好になった後も慢性経過の中で認知機能低下が明らかになることがあるため長期観察が必要。
行動障害が目立つと「服薬を捨てる→感染コントロール不良→認知機能悪化→さらにアドヒアランス低下」の悪循環に陥りやすく、社会的サポート体制の構築が不可欠。
TIPS:臨床的要点





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