在宅医療における認知症について55~抗精神病薬 ― 効果と危険性をどう見極めるか
- 賢一 内田
- 3 日前
- 読了時間: 4分

〜BPSD(認知症の行動・心理症状)への最終手段〜
BPSD(認知症に伴う興奮・幻覚・妄想など)は、時に介護者の努力だけでは対応しきれないことがあります。そのようなとき、医師が最後の手段として検討するのが抗精神病薬です。
しかしこの薬は、確かに「効く」一方で、命に関わる副作用のリスクもある。ここでは、その効果と危険性、そして「使うべきかどうか」を考える視点を解説します。
1. 効果とリスクのバランス
非定型抗精神病薬(リスペリドン、オランザピン、クエチアピンなど)は、BPSDのうち特に興奮・暴言・幻覚・妄想に対して効果があることが、複数の臨床試験で確認されています。
一方で、そのレビュー(系統的解析)では次のような有害事象の増加が報告されています:
眠気・過鎮静
錐体外路症状(手足の震え、筋硬直など)
脳血管障害(脳梗塞など)
尿路感染症、浮腫、歩行障害
死亡リスクの上昇
つまり、「効くけれど危険性も高い」。抑肝散やトラゾドンよりも確実に症状を抑える効果がありますが、その代償として副作用のリスクが格段に高いのです。
2. FDA(米国食品医薬品局)の警告
2005年、FDAは次のような警告を出しました:
「非定型抗精神病薬を老年期認知症の患者に使用すると、死亡率がプラセボ(偽薬)に比べ1.6〜1.7倍に上昇する」
さらに2008年には、定型抗精神病薬にも同様の警告が拡大されました。
死亡という究極の副作用を踏まえ、海外では抗精神病薬の処方が大幅に減少しています。たとえばフランスでは、2003年に14.2%だった認知症患者への抗精神病薬処方率が、2011年には10.2%まで減少しました。
一方、日本では2002年・2010年ともに約21%と、処方率はほぼ変化していません。
3. 死亡リスクを数字で見る
抗精神病薬を10〜12週間使用したメタ解析では、**死亡率が1.2%上昇(=120人に1人が薬によって死亡)**する可能性が示されました。
さらに、65歳以上の認知症患者を対象にした大規模調査(JAMA Psychiatry, 2015)では、180日以上使用した際の死亡率の絶対値上昇は以下の通りです。
(Maust DT et al., JAMA Psychiatry, 2015)
これらの数字は衝撃的ですが、現場では副作用の「重さ」も理解したうえで、リスクと利益を比較して使う必要があります。
4. どんなときに使うか
多くのガイドラインでは、抗精神病薬の使用は以下の条件をすべて満たす場合に限るとしています:
非薬物的対応(介護者の工夫・環境調整など)がうまくいかない
自傷・他害・事故の危険が高い
他に代替手段がない
つまり、**「最後の手段」**です。
具体的な事例
幻視により「畳に虫がいる」と言って火をつけようとする
「妻が浮気している」との妄想から暴力をふるう
周囲への攻撃性が強く、介護者が危険にさらされている
こうした場合、確かに抗精神病薬は危険ですが、使わないことで命に関わるリスクがあるケースも存在します。
5. リスペリドンの実際の使い方(欧州基準)
欧州ではリスペリドンが「中等度〜高度のアルツハイマー型認知症の持続的攻撃性」に対して短期使用を認可されています。
投与目安(欧州ガイドライン)
開始:0.25mgを1日2回
必要に応じて2日に1回の頻度で0.25mgずつ増量
通常至適用量:0.5mg 1日2回
最大でも1mg 1日2回まで
使用期間は6週間以内に限定
治療中は頻回に評価を行い、必要がなければ中止します。
6. 家族と共有すべきこと
抗精神病薬の効果は目に見えてわかりますが、「何人に1人が副作用で亡くなるか」というリスクは、医師しか数字で把握していないことが多いのです。
ですから、処方の前にはリスクの数字を明示して家族と話し合うことが重要です。
中には「そのリスクを聞いたら使いたくない」と答えるご家族もいます。その場合は、再び非薬物的対応(介護環境や家族支援)の見直しに立ち返ります。
まとめ
抗精神病薬はBPSD(興奮・幻覚・妄想)に有効だが、死亡を含む重大な副作用がある
使用は**「自傷他害リスクが高く、他に手段がない場合」**に限る
リスペリドンは0.25〜0.5mg×2回/日で短期間(6週間以内)を目安
処方前にリスクを数値で家族と共有することが大切
使う決断も、使わない決断も、**「安全と尊厳のバランス」**から導く
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